中秋の名月。(すいません・時差があります。)
十五夜の夜、昨日まで漂っていた粘っこくて暑苦しい空気を、乾いた北西の風が
きれいに吹き払い、一気に秋がやってきましたね。

どうやら今夜はタオルケットじゃ風邪をひきそうです。

何となく、夜にやってた仕事が終わってもちょっとだけ時間があるのは長くなった
夜のせいでしょうか。

秋の夜長に・・・何やろうかな、。
別にひまなわけではありませんが、眠る前のほんの10分か20分、以前から書こう
と思っていた、【アメリカ横断記】をやっと書いてみようかと、。

アメリカ横断からはもうすでに11年経ってるし、ちゃんと最後まで書けるかなぁ〜・
ちょっと心配。
持っていったメモ帳にその日の行程や食事のこと、宿のことなどちょこまかとは記録
が残っているので後は自分の頭の中の記憶と重ね合わせて思い出しながら書いてみます。

* コンパクトデジカメもまだまだ珍しかった当時・写真が全くと言ってよいほどありません。
 文字だけの回想録になってしまいますが悪しからずm(_ _)m

 

1996年1月11日(木曜日)
連日雪が降るような寒い日が続いていた正月明け。
寒くてなかなか仕事が手につかず、ついつい暖かい店内でホームページの製作とか、
売上とは無関係なことばかりやっていて、『いかんなぁー』とは思いつつもやっぱり
寒い。
工場へ行って、氷のように冷えた工具を手にしたり、ましてや洗車なんてブルルル…
必要に迫られないと動きたくないくらい寒いそんな日、アメリカ、しかも熱帯夜で
エアコンが無いと寝れないようなマイアミから突然の電話。
KAZEの海外ツーリングのツアーガイドでアメリカに行っていたお客さん(女の子
・にしとこう^^;)からの電話。

そして第一声 『店長アメリカ来てくれない?』

『はぃ〜?』
突然の問いかけに『何言ってんの、あんた?』状態でしたが、話を聞いていくと
どうも真面目なお話らしい。

『ほんとに行かせてくれるんだったら喜んで!』
そう即答して、翌日。
会社からOKが出たとの連絡をもらい、1週間後の18日に日本を出発するように
手配が済んだとのこと。

『ウソみたい・・・』
そんな仕事でアメリカまで行けるんだったら何回でも行ってやるよー! ・そう思った
仕事は、アメリカ横断ツーリングで使用したバイク5台(・だったかな?)をトラック
に積み込んで、マイアミからロサンゼルスまで運ぶこと。
つまり運送屋、トラックの運転手というわけで、唯一自分でないとできないのが、パ
ネルのトラックの荷台にバイクを載せて縛る(固定する)こと。
たったそんなことのために日本から人を呼ぶ必要があるのかとっても不思議な依頼。

日程は1月18日から27日までの9日間。
観光に行くわけでもないので特に用意するものなども無く、それこそ体一つで行けば良
いのだが、準備をすることの無い海外渡航なんて現実感も無く、とても落ち着かない。

チケットが送られてきて、いよいよ『ほんとに行くんだ…』と実感が出始めたのは飛行
機に乗る2日前。

店をやってると、忙しくてバタバタしている時には意外と平気で休みがとれるのに、
ヒマで仕事が来ないと、心配でなかなかお店を休みにできません。
ちょうどこの時はそのヒマの真っ最中。

『こんな時に10日間も店を空けるなんて・・・いいのかなぁ〜・・・』
チケットも届いて明日には出発だというのに今更そんな心配ばかりしている自分に
無理矢理 『これも仕事や!』と言い聞かせる。

そして出発の当日、1月18日。
生まれながらの楽観性なのか、『まぁ何とかなるでしょ!』と道中の不安こそは無いものの
転がり込んできた話の流れのままに、アメリカまで行くことになったこの状態に相変わらず
『いいのかなぁ…』という、他人事のような、何だかご注文の荷物にでもなったような
とっても不思議な感覚のまま飛行機に乗ることのなったのでした。

つづく